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2015年1月21日 (水)

だ日記(ry (~20150120)

 このキなんのキ?

 周期的なものかもしれませんが今回鬱です。

 あの頃仕事で一緒で、その後セガのバイトに行ってそこから社員登用されて店長になれたとかいう元同僚、がんばってるかな?
 なんかひさしぶりに思い出した。
 あの頃の一緒だった同僚は、まだ付き合いのある友人もいるけれど、散り散りになってしまったので、もう会うこともないかもという人もいる。その方がお互いのためかもと思ったりも。
 でも、みんな、いま、元気でやってるかな?
 わたしはもうダメかも。
 去年来てくれた新人に一通り受け継いだら、思い残すことはないかも。まだまだかかりそうだけど。
 先々楽しみにしてることがないわけではないけれど、もう世の中に希望がもてないんで、終わったらそこまで。そこから先は、楽しみにしてることがあるにせよ、本人がいなくなるならどうでもよかったり。

 見なくていいものを見て凹むことってありませんか?と。
 直接的には全く関係のない、著名な作曲家であり社長の某氏のブログ。
 読み進めていくと、唐突に『Sonyの900STとか凄く好みじゃない』と。『900STは痛い高域』『900ST信者の気持ちが解らない』…ぉ、ぉー(涙)。
 これだけでどこだかわかる方もいるかもだけど敢えて伏せますが。というのはさておいて、わたしはとりたててCD900ST信者というつもりはないんですが、いろいろ聞いていて結果的にこの音が好みだったのでここに落ち着いただけで、それも別にこの音が最高唯一無二とか思ってるわけじゃないし、プロが云々とかいうのもあんまり関係なくて、ラフに頻繁に使うにしてもわりと頑丈で壊れても一般人でも保守部品を容易に手に入れて修理できて、かつ、長年作られているのと用途ゆえにとりあえずディスコンの心配はなさそうというのと、それでもって音質的にはわりかし好みの方向性で値段もさほど高くない…というのがメインで使ってる理由で。屋内だとたまにだけどAH-D5000とかも使ってたりするわけですが(そういう音が好みってことで)、傍から見ればどー見てもCD900ST信者だよなあ…と、我ながら振り返ってみて思うわけで。
 個人的にはCD900STの高域がそんなに痛いとは思わないんだけど(むしろ買っても試聴してもどれもが高域低域ともに痛くて耐えられなくて手放したりした、試聴はするけど買わなくなったのが某社の一連のヘッドホンとか…メーカー名は敢えて伏せます)、そりゃ上流をある程度選んでたりとかするっていうのもあるんで、CD900STで高域痛いとか低域出ないとかいう人の気持ちもわからなくはなかったりします。いろんなソースを聞いてみて、CD900STって、かなり誤解されてるなーって思ってきた方だし。
 とはいえ、音に関しては当たり前ですが氏の方がプロだからとかそういうのもあるけれど、音に真摯に付き合ってきた人がそう書いてるってことで、かつ、わたしは氏の曲の初期からのファンでもあるけど、そういう方からその機種が好みじゃない的に書かれてると、あー、これで聞いてたらいかんのかなー…と、かなり凹む(涙)。
 それ以外にもいろいろあるんですが。
 ハイレゾとかオーディオとかの件だったかな。個人的にはハイレゾの超高域再生にはあんまり意義や興味も感じてなくて、時間当たりの密度が上がって滑らかになることに意味があるんじゃないの?って思ってるわけですが、それとは別にCDに関してはむやみに変換せずにダイレクトに出せるNOSのが良好なんじゃない?って感じてるクチなので、やたらサンプリングレートにこだわったりはしてなかったりします。むしろCD音源の再生自体がまだまだ可能性ありそうなのに、フォーマットを変えて質を上げようというのは安易な逃げじゃないか?って思ってるくらいですが、とはいえ、実際比較してみると良いものは確かに良い。と思う、個人的に(実際、これが肝なのか?とも)。うちの場合は別にもとある分離式のACアダプターを別の電源とケーブルに変えたりしてるだけなんで、そうそう接点が増えてるってことはないとは思うんだけど、でも、確かにそういうの気にしない人からしてみれば、オーディオはオカルトに満ちていて、そういう趣味をやってる人のことは、いい歳こいて耳も劣化してきてるのにバカじゃないの?と言いたくなる気持ちもわかる。たぶん、わたしがこういう道に足を踏み入れてなければ、オカルトでしょ?って言う側にいたかもしれない。変化を感じてきてるから、いろいろ手を出しているけれど、それだって「おまえは本当にその変化を感じ取れているのか?その劣化した耳で?痛々しいにもほどがある」と、年長者であり音の世界で稼いできたような人から指摘されてしまったとしたら、たぶん凹んで立ち直れない(涙)。
 さすが会社を立ち上げて世の中と対峙してきた人だけに、書くこと重い…と思うのもあって、こちとらもうずっと長年、外回りの保守エンジニアとかで、業務そのものは今でもそんなに嫌いだと思ったことはないから積極的に仕事をやめようとか思わないけど、確かに現状を変えようという努力をしたかというとそうでもないかも…とすると、やっぱり見るたび凹む。
 生きててごめんなさい。
 本気でこう思って、このところの鬱傾向からさらに悪化したかもしれない。
 CDは好きだし、できれば直販で買い続けるけれど、厳しいな…。
 それ以外にもいろいろ見てて凹む。
 ああ、やっぱり、世の中そのものに希望が持てないとかだけじゃなくて、別方向でもわたしみたいなのは生存価値がないな…などと思ったりした。ぶっちゃけ代わりなんていくらでもいるんですよ、たぶん。そして、わたし自身、いなくなったときに迷惑かからないようにって、今は代わりになってくれそうな人をなんとか独り立ちしてもらおうと動いているところで。それが安心して任せられるようになったら、できるだけ会社とかまわりとかに迷惑がかからないように考えつつ、身を引きたいな、と。
 仕事を辞めたいわけでもなければ嫌いなわけでもないんですけどね、正直惰性で生かされてるだけだな、とも思っているので。何もかもが面倒くさいし、希望も持てない。誰もかれもが好き勝手やってて、自分さえよければなんて方向でしか動きが見えない世の中なんか、何の価値があるんでしょうね。
 見ていたくもないし、この先に良いことがあるとも思えない。生きてるんだから前向きにやろうなんていう気にもなれないし、命は尊いというけれど、自分さえよければなんて考えてる個々の命に尊さがあるなんてわたしには思えない。

 寝たら朝が来なければいいと本気で思ってるんで。
 というか、そのまま目が覚めなければいいのに。

 会社へ行けてるので、まださほど重症じゃないなとは思った。
 こんなものも書いて吐きだせてるし。
 それでも、他のやりたいことをやろうという気力はまったくわかないですが。
 通勤電車がまずダメで、朝駅へ歩くのや帰りに家まで歩く間も、鬱々としてるままで。そんなんでよく仕事できてるなとは思うけど。
 業務自体はそれなりに問題なくこなせていて、お客様からもそれなりに不自然感なく、場合によってはもしかして良好な反応もらえたかしら?ということもありますが、それがもう仕事をするうれしさにつながらないという。成功して当たり前、直して動いて当たり前、そういう仕事なので。勝ったとかよかったなんてことほとんどなくて、負けなかったとか失敗しなかった…が、続いているだけかと。
 もっとも、今年の仕事始めは2件が2件とも盛大に敗北しましたが。
 責任がこちらにない負けとはいえ、続くとやりきれない。

 このまま、あした、目が覚めないといいのに。


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